

徒然草
【 下向きの視点では、アナログ機は作れない 】
下向きの視点で遊ぶものは、携帯、ポータブルゲームなどがあるが、
遊ぶ姿勢もイスにしっかり腰掛けてという具合である。
現代人は何かと下を向きたがる。
歩いているとき、座っているとき、電車に乗っているとき、運転しているとき。
会社でも下向き姿勢、家に帰ってもパソコン・携帯に支配されている。
せめて風呂に入っているときぐらい、天井を見つめてボーっとしていたらと思うのに、その間も落ち着くことができず、
結局携帯を風呂にまで持ち込む者もいる。防水の携帯って、案外風呂で活躍しているのかもしれない。
ゲーム業界の、クレーンゲームなどのアナログゲームは、やっぱり上向き視線で遊ばないとね。
昨今の人は、現実の風景を見るよりは、作られた小さいパソコンや携帯の画面を覗き込んでいるほうが、
おそらくずっと楽しいんだろうな。ちょっと理解しづらいものはあるが、これも文化なんだろうなと考えるようにしている。
だってね、現代社会をリードしている、そして成功している人たちは、
この「下向き視線の層の人たちをコントロールしている下向き視点者」だし、今また、スマートフォンが生み出す広大な
市場に、起業家が陸続と湧き出ている現状を目の当たりにするにつけても、下向き視線者・視点者のパワーは凄いと感じる。
そういう未来型の職域が広がり、大きな雇用の創出に繋がれば、景気も安定するんだなぁと安心する反面、
「待てよ!」と不安になってしまう部分がある。
それは、携帯がとても刺激性のある仕事や生活や趣向に関する膨大な情報を発信することでもたらされる弊害に
対してである。
どういうことかというと、こういう刺激は、静かに脳を使う脳技術者を衰退させてしまうんじゃないかと危惧するからだ。
私は携帯の通信機能以外での利用はほとんどないので、携帯の刺激性に中毒になることは心配はないが、
もし刺激中毒者になってしまったら、もうクレーンゲームの遊び方の発想ができなくなってしまう。
近い将来、アナログ機が作れなくなるという状況も生まれてしまう。
アナログ機の開発作業、とりわけ発想の部分で、自身の刺激を求める内なる欲望と戦い、それに打ち勝って1日
2〜3時間ぐらいの空白になれる時間を作り、それを100日確保する必要がある。
その中で、静かに流れる時間を脳に与え、そこから成果物を得るまでひたすら考え抜くのである。
携帯を忘れ、ネオン街を忘れ、難関のテレビさえも忘れなければならない。
そういうことを考えると、今後のクレーンゲームが永く栄えることの厳しさも、すぐ目の前にあるのかなぁ…と考えてしまう。